《ふるさと文化賞》 受賞の理由
東京天草郷友会は110余年の歴史があり、会員と地元天草との交流を頻繁におこなっています。これは全国的にみて歴史の一番古い会であると自負しています。
創始者は竹添進一郎(井井)先生(大矢野出身で最後の漢学者と呼ばれた)
(次女
須磨子さんは講道館の創始者 嘉納治五郎の奥様です)
それに中井励作さん(手野出身で八幡製鉄所 初代所長)です
(1)会員への伝達手段の会報「あまくさ」は昭和44年創刊・年2回発行し今年2月第100号になりました。
会員の活動報告や「故郷天草」のトピックス等掲載しています。
(2)若者や天草観光へ行かれる方の為に平成24年3月、ホームページ(HP)を
リニューアルし27年4月10日現在 32,700名余の来訪者がありました。
毎日30名位の方に来訪頂いています。最近は50名位が来訪。
天草内の行事や関東での天草物産展の情報、天草出身者の箱根駅伝出場者・応援情報等幅広く伝えています。(出身地に関係なく天草繋がりで応援)
天草全体の情報を一堂に集めデータベース化「天草全体が見える化」を図り公開
1.「天草の祭」
平成24年秋から蒐集開始し60か所位集まり公開を始めました。これを見られた天草NOW(天草インターネット放送局)さんから「動画も含めて支援する」との申し出を頂き、リンクを貼り天草各地の祭やイベントが写真や動画で見られる体制が出来上がりました。
2.天草のうた・民謡
昭和50年~60年代に掛けて天草では「まちうた」ブームがあり町毎に歌や音頭が沢山つくられていました。現在39曲・校歌21曲を公開しています。
特徴として歌を聴きながら歌詞が同時に見られ覚えられます。
(パソコンやスマートフォーンで郷友会のHPを検索し聞く事が出来ます)
3.天草の方言
天草市本町在住の、鶴田
功 さんから、自分のHPのコーナを利用公開し情報の幅を広げたらとの申し出があり新しいジャンルとしてリンクさせて頂きました。
上京した当時方言のコンプレックスがありましたが、内容を正当化することで良い意味誇りになります。
上島・下島・東・西・南・北と島の場所で文化や言葉は違います。船で往き来した場所、内陸部で山道伝いに交流した場所文化の伝達手段で異なると思います。
食べ物の呼び方も異なります。会報98号で公開しています。(HPで見れます)
4.その他
①≪世界遺産登録応援歌―ふるさとは天草≫の発表会には100名余が応援に駆け付けました。
②牛深の映画 ―女達の都・ワツゲンオッゲンーは郷友会として後援しました。
各劇場の試写会には沢山の方が行かれました。
③牛深ハイヤ同好会も発足し、「日本橋・京橋まつり」「東京ドームの日本の祭」に地元牛深ハイヤの方と一緒に参加天草をPR。郷友会の総会や他の地域会に参加し輪になって踊り盛り上げに寄与しています。今日も盛り上げます。
天草文化協会は、天草を愛する有志の方々により、戦後の1946年に発足。1948年に天草文化賞を創設するなど地域文化功労者を顕彰してきました。年1回発行の機関誌「潮騒」は随筆、小説、研究論文、短歌、俳句、詩など、内容の濃さが売り物です。文化講演会、ふるさと歴史探訪などの自主事業も手がけ、活動は幅広く、現在700余名の会員に支えられながら、民間の文化団体として活動されております。 <天草文化協会の最大の魅力>町村が60近くもあった戦後から、「天草は一つ」という発想で運営され、島外の人が天草に来たくなるような、独自の魅力を掘り起こす努力が蓄積している。観光振興、地場産業の強化も初めから視野に入っている。これが小さな町村単位だったら、ちまちまと同じものを作ってしまうことになりがちだが、そうならなかったのは協会の「天草は一つ」の発想があったから。(第4代永野義孝会長談) |